ある日、友人のひとりから電話があった。ブレラのアカデミア美術学校へ留学している年若いおしゃれな日本人の女の子だ。「メルカート(青空市)へ行ってストレッチ・ワンピースをついに購入」彼女は勢いよく言った。「色はオレンジ、黄色のタンクトップと花柄のラップスカートも見つけたのよ!」彼女はもうずいぶん前から週末ごとに海へ行き、きたるべきストレッチ・ワンピースを着る日に備えて肌を灼くという用意周到ぶりだった。少女の頃からおしゃれだったというだけあって、ノースリーブに手を通す時は二、三日前から家の中で着て過ごし、肌と気分を慣らすのよ、とよく言っていたものだ。そしてこの日、イタリア人の同級生たちがよく行く衣料品の有名な市へ、大勢で繰り出したのだという。「思い通りのものが見つかってよかったわね」と言うと彼女は一瞬黙り、低い声になった。「ところがねえ、うちへ帰ってよくよく鏡で見てみると、なんだか似合わないのよ。みんなが着ているみたいにならないの。すごく生っぽいのよねえ……」「でも肌をちゃんと灼いていたじゃない?」「そうなの。でもね、私たち日本人の肌って、イタリア人みたいな、こっくりしたブラウンにはならないのね。あれって地中海肌っていうのかしら。私が灼いたら、かえって貧相になってしまったような気がして。それにやっぱりこのフラットな顔と小さい体じゃ、ストレッチ・ドレスは無理だったのかもしれない……」小柄でも、スタイルとセンスの良い彼女は、日本で見たらかなりかっこいい女の子の部類に入るはずだ。しかしさすがにおしゃれに年季が入っている、客観的だわ、と感心している私の耳元に、「もうダメ、やっぱり着る服がないっ!」と電話口で叫ぶ声が聞こえた。次の日、学校帰りの彼女と「サンタンブロージョ」のテラスのカフェで待ち合わせをした。緑と白のテントの下で、アイスティーを飲みながら、道行く人を眺める。「ね、見て。あの人、日本人よ」突然彼女が言った。店の中にひとりの日本人の女性が入っていくところだった。かなり小柄な人だ。背は一五六センチあるかないか。耳の下で切り揃えた黒い髪。